1992   2017   
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南軽井沢の家   2017

JIA25年賞応募 南軽井沢の家 応募趣旨

この山荘は、今は亡き両親のために私が上野武氏と共に個人として初めて設計した住宅であり、私にとって、貴重な経験をもたらしてくれた建築である。
この山荘の設計をした時は、当時勤務していた谷口建築設計研究所で幕張のIBMビルの設計監理をしていた時と同時期であった。この家はこのIBMビルのトイレ程の大きさであったが、その存在感は大きく、設計の密度が上がるにつれ、この建築と一体になったかのような不思議な感覚を覚えたことを思い出す。1/20で作られた大きな模型を覗きながら、「ここの窓なら朝日が入るので、さわやかな朝食となるぞ。 階段の踊り場に窓を開けるとよく風が通るはずだ。その上に、窓を造れば、窓からの光は壁に当たって部屋を照らしてくれるだろう」と言いながら、設計していると、あたかも自分の体に光が当たったかのように、体が温かく感じ、自分の頬に風があたったように涼しく感じ、この建築が私の延長であるかのように、彼我の区別がなくなっていた。

それは悦びに満ちた場所の感覚であった。実際に出来上がると、設計時に正に感じた通りの空間が出現していた。この空間と眺望とそこに満ちる光と風は、訪れた人にとっては忘れがたい記憶となり、家族にとってはかけがえのない憩いと癒しを与える場所であることは、今も変わらない。IBMビルでは論理的思考を積み重ねながら、プログラムソリューションとして設計を進めた。客観的な思考を中心とした緻密な設計であった。一方この住宅では、IBMビルとは全く逆の主観的な感性に基づく設計を経験した。この相対する二つの姿勢が双方とも、設計に際して共にとても重要な姿勢であることを強く認識した。
特に山荘の設計を通して、彼我の区別のなくなった、自他の一体感こそが、敬愛するルイス・カーンの言った「建築に命宿る」という言葉の意味であろうことを、そして、建築と一体になったワクワクするような、悦楽の境地こそ、彼の言うJOYに他ならないことを知る重要な経験となった。

JIA25年賞応募 南軽井沢の家 応募趣旨

この山荘は、今は亡き両親のために私が上野武氏と共に個人として初めて設計した住宅であり、私にとって、貴重な経験をもたらしてくれた建築である。
この山荘の設計をした時は、当時勤務していた谷口建築設計研究所で幕張のIBMビルの設計監理をしていた時と同時期であった。この家はこのIBMビルのトイレ程の大きさであったが、その存在感は大きく、設計の密度が上がるにつれ、この建築と一体になったかのような不思議な感覚を覚えたことを思い出す。1/20で作られた大きな模型を覗きながら、「ここの窓なら朝日が入るので、さわやかな朝食となるぞ。 階段の踊り場に窓を開けるとよく風が通るはずだ。その上に、窓を造れば、窓からの光は壁に当たって部屋を照らしてくれるだろう」と言いながら、設計していると、あたかも自分の体に光が当たったかのように、体が温かく感じ、自分の頬に風があたったように涼しく感じ、この建築が私の延長であるかのように、彼我の区別がなくなっていた。

それは悦びに満ちた場所の感覚であった。実際に出来上がると、設計時に正に感じた通りの空間が出現していた。この空間と眺望とそこに満ちる光と風は、訪れた人にとっては忘れがたい記憶となり、家族にとってはかけがえのない憩いと癒しを与える場所であることは、今も変わらない。IBMビルでは論理的思考を積み重ねながら、プログラムソリューションとして設計を進めた。客観的な思考を中心とした緻密な設計であった。一方この住宅では、IBMビルとは全く逆の主観的な感性に基づく設計を経験した。この相対する二つの姿勢が双方とも、設計に際して共にとても重要な姿勢であることを強く認識した。
特に山荘の設計を通して、彼我の区別のなくなった、自他の一体感こそが、敬愛するルイス・カーンの言った「建築に命宿る」という言葉の意味であろうことを、そして、建築と一体になったワクワクするような、悦楽の境地こそ、彼の言うJOYに他ならないことを知る重要な経験となった。

所在地:
長野県北佐久郡軽井沢町
用途:
別荘
構造:
木造
延床面積:
122.52m²
設計:
矢板久明 上野武
施工:
丸山工務店
写真:
新建築社写真部(1992)
千葉顕弥(2017)

雑誌掲載

・新建築住宅特集 1994年01月
・ディテール 1995年 夏季号

受賞

・JIA25年建築選