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大きな屋根の家   

軽井沢へ移住する小さなお子さんのいる家族のための住宅である。土地探しの末、南東向きの明るい30度ほどの斜面地を敷地とした。
その斜面に沿って大きな屋根を架け、アプローチとなる南側には、人を迎えるように屋根と3mのバルコニーを張り出し、さらに谷側にも折り返し、リビングを囲う様にL字に巡らせた。そして内部と外部がつながるよう、南に2m、谷側に7mの大開口を設け、窓をすべて引き込むと、リビングと一体となった主空間が立ち現れる様にした。
バルコニーの手摺壁は75cm立ち上げたので、適度な囲われ感のある「場所感」を得た。この手摺壁により、6m下の道路レベルに建つ家々は視界から隠れ、視線は森から空へと抜けていく。そして30cm幅の手摺笠木は机にもなり、低く抑えた手摺壁ではあるが十分な安心感を得たように思う。このバルコニーまで連続した主空間は、平面は2倍正方形、高さは3対4の矩形からなる立方体の領域として、全体の比例秩序の中に挿入され、特別な場所として山の斜面に浮かび上がった。
この南へ張り出したバルコニーは、山側では屋根を支える壁梁で吊り、谷側では黒く塗られた鉄の方杖で支えている。南北に架けられた壁梁は、構造体であると同時に、山側では玄関や本棚、キッチンといった暮らしを支える場を囲い、リビングと緩やかに仕切っている。階段を登りこの壁梁を潜ると、一気に視界はひらけ、バルコニーと一体となった主空間が立ち現れる。

PLACEと愛
私は敢えて「場所感」という言葉を使った。場所の定義は、プラトンのコーラやアリストテレスのトポスとして、古代より数多く語られてきた。その多くは哲学的・客観的な議論だったが、私にとっての場所とは、どこを場所と感じ、浮かび上がらせるかという極めて個人的な感覚によって捉えている。
そこには 「豊かに暮らしてほしい」という願いが込められ、作り手の心が滲み出ていることが大切であり、そのような場所を「場所感」のあるところと述べた。
一方、建築界では「空間」という言葉を使い、意識して久しく、素晴らしい建築空間も数多く作られてきた。しかし、それらは視覚的な空間表現に軸足が置かれ、設計者の実験的検証の場となった建築も多い。しかし、その空間に必要な感覚こそ「場所感」であり、そこに願いが込められ、祈りが込められた場所ではないであろうか。子の成長を願う母のような心があれば、その空間はおのずと豊かな場所となるはずである。その心こそ「愛」に違いない。この言葉は建築界では使われて来なかったが、最近では恩師・槇文彦先生が「無償の愛」という重要な言葉で我々に問いた。そこから見えてきた心がこの愛を伴う「場所感」である。その心は丁寧に作られたディテールや、家族の集うテーブルや家具に始まり、それが部屋に満ち、建築全体に広がり、街へ、地域へと連鎖していく。それは我を忘れて、ひたすらにそこに集う人たちに良かれと願い、自我のなす作為が消え去った時にのみ現れるてくるように思う。ここに紹介した比例も、ここに住む人のために良き場所をと願いつくった建築が、いつのまにか美しい比例を獲得していたことに気づいたのである。
あたかもイデアの似姿としてデミウルゴスが創られた宇宙の幾何学に共鳴するかのように。

軽井沢へ移住する小さなお子さんのいる家族のための住宅である。土地探しの末、南東向きの明るい30度ほどの斜面地を敷地とした。
その斜面に沿って大きな屋根を架け、アプローチとなる南側には、人を迎えるように屋根と3mのバルコニーを張り出し、さらに谷側にも折り返し、リビングを囲う様にL字に巡らせた。そして内部と外部がつながるよう、南に2m、谷側に7mの大開口を設け、窓をすべて引き込むと、リビングと一体となった主空間が立ち現れる様にした。
バルコニーの手摺壁は75cm立ち上げたので、適度な囲われ感のある「場所感」を得た。この手摺壁により、6m下の道路レベルに建つ家々は視界から隠れ、視線は森から空へと抜けていく。そして30cm幅の手摺笠木は机にもなり、低く抑えた手摺壁ではあるが十分な安心感を得たように思う。このバルコニーまで連続した主空間は、平面は2倍正方形、高さは3対4の矩形からなる立方体の領域として、全体の比例秩序の中に挿入され、特別な場所として山の斜面に浮かび上がった。
この南へ張り出したバルコニーは、山側では屋根を支える壁梁で吊り、谷側では黒く塗られた鉄の方杖で支えている。南北に架けられた壁梁は、構造体であると同時に、山側では玄関や本棚、キッチンといった暮らしを支える場を囲い、リビングと緩やかに仕切っている。階段を登りこの壁梁を潜ると、一気に視界はひらけ、バルコニーと一体となった主空間が立ち現れる。


PLACEと愛
私は敢えて「場所感」という言葉を使った。場所の定義は、プラトンのコーラやアリストテレスのトポスとして、古代より数多く語られてきた。その多くは哲学的・客観的な議論だったが、私にとっての場所とは、どこを場所と感じ、浮かび上がらせるかという極めて個人的な感覚によって捉えている。
そこには 「豊かに暮らしてほしい」という願いが込められ、作り手の心が滲み出ていることが大切であり、そのような場所を「場所感」のあるところと述べた。
一方、建築界では「空間」という言葉を使い、意識して久しく、素晴らしい建築空間も数多く作られてきた。しかし、それらは視覚的な空間表現に軸足が置かれ、設計者の実験的検証の場となった建築も多い。しかし、その空間に必要な感覚こそ「場所感」であり、そこに願いが込められ、祈りが込められた場所ではないであろうか。子の成長を願う母のような心があれば、その空間はおのずと豊かな場所となるはずである。その心こそ「愛」に違いない。この言葉は建築界では使われて来なかったが、最近では恩師・槇文彦先生が「無償の愛」という重要な言葉で我々に問いた。そこから見えてきた心がこの愛を伴う「場所感」である。その心は丁寧に作られたディテールや、家族の集うテーブルや家具に始まり、それが部屋に満ち、建築全体に広がり、街へ、地域へと連鎖していく。それは我を忘れて、ひたすらにそこに集う人たちに良かれと願い、自我のなす作為が消え去った時にのみ現れるてくるように思う。ここに紹介した比例も、ここに住む人のために良き場所をと願いつくった建築が、いつのまにか美しい比例を獲得していたことに気づいたのである。
あたかもイデアの似姿としてデミウルゴスが創られた宇宙の幾何学に共鳴するかのように。

所在地:
長野県 北佐久郡
用途:
住宅
構造:
木造
延床面積:
139.71m²
設計:
矢板建築設計研究所
統括:
矢板久明 矢板直子
担当:
小沼翔太
企 画/SUVACO
造園:
箱根植木
構造設計:
小島大輔構造設計事務所
設備設計:
島津設計
施工:
建築工房・市川
造作家具/ミツルヤ製作所
キッチン/モービリティーポ
写真:
小川重雄

雑誌掲載

新建築住宅特集 2025年11月